HAKEEM OLAJUWON HAKEEM THE DREAM
1946-47シーズンにNBAが創設されて以来、バスケットボールは常にセンタープレイヤー中心に動いてきている。なぜなら、アメリカという国はまず合理性から形成されている国であり、バスケットボールが創案された時から10フィート(305cm)の高さにゴールが設置されているならば、なるべく近くから、背の高いプレイヤーがボールをバスケットに入れればいいのだ、という考え方が主流になるのである。
“LOOKINSIDE“という言葉がある。これなどは、合理性を追求した典型的なもので、バスケットボール先進国のアメリカが世界中に知らしめたもので”まずは中を見ろ!!“そしてボールを入れ、得点を狙え、というものなのである。
そんな考え方をまずしっかりと体現したのはミネアポリス・レイカーズ(現在のロサンジェルス・レイカーズの前身)のジョージ・マイカンであり、彼はNBA創設当初から約10年間ゴール下を制圧し続け、6年間で5回のNBAチャンピオンをチームにもたらしている。208cmの身長と111kgの体重は、当時としてはどうにもならない存在だったのである。
マイカンと入れ替わりで登場したのがビル・ラッセル。マイカンと同じ身長と体重を擁し、得点よりもリバウンドの強烈なプレイヤーで、13年間に10回、ボストン・セルティックスをチャンピオンに導いており、平均15.1得点、22.5リバウンドという凄まじい数字を残している。オフェンス一辺倒だったセンター像に、ディフェンスの重要性をインプットした画期的なプレイヤーで、バスケットボールを変えてしまった男である。
その後、ディフェンスが重要視されると、それを破るのはオフェンスとばかりに登場したウィルト・チェンバレンは216cm、130kgという素晴らしい身体と運動能力で30,1得点、22,9リバウンドというアベレージを残しているが、1959年から73年までNBAでの活躍のうち67年にフィラデルフィア、72年にロサンジェルス・レイカーズで2回チャンピオンになっている。1試合100点をあげたことでも有名なプレイヤーである。
60年代終盤から80年代終盤まではカリ−ム・アブドゥル=ジャバーの時代。6回の優勝と“スカイフック”で名を残しているが、約40年の間に“LOOKINSIDE”も随分と変化し、オフェンスだけでなくディフェンスも要求されるという状況に変わってきているのである。
さて、前述の偉大なるセンタープレイヤーたちは、大きさを最大限に生かしてさえいればよかったが、80年代に入るとNBAは大きく変貌し、スピードが不可欠の要素となっていったのである。
ここで登場したのがアキ−ム・オラジュワン。1963年1月21日にアフリカのナイジェリア、ラゴスで生まれた、インターナショナル・フレイバーだ。ハイスクールまではサッカーをプレイしており、ポジションはゴールキーパーだった。
わずか3年間のヒューストン大クーガ−ズのバスケットボールのプレイ経験の中、2年目にはNCAAトーナメントの最優秀選手に選出され、3年目にはFG%(シュート成功率)67.5%、13.5リバウンド、5.6ブロックショットとNCAAのNo.1となり、プレイ経験は浅いが、サイズ(213cm、115kg)と将来性を買われて、ドラフトNo.1でヒューストン・ロケッツにピックアップされたのである.さこの1984年ドラフトは後々まで語られる事になったのだが、あのマイケル・ジョーダンを抑えて“いの一番”という座は、オラジュワンのニックネーム“ザ・ドリーム”が完璧に認められた証といえるだろう。
現在のNBAは歴史を振り返っても最もセンター陣が充実しているといっても過言ではないだろう。何しろパトリック・ユーイング(ニューヨーク)、デビット・ロビンソン(サンアントニオ)、シャキール・オニール(オーランド)、アロンゾ・モーニング(シャーロット)、ブラッド・ドアティー(クリーブランド)、ディケンベ・ムトンボ(デンバー)とキラ星の如き名前がどんどん出てくるのである。
それぞれ強烈な個性を持ち、パワー、スピード、支配力ともに十分な選手ばかりだ。そんな中でも、「理想のセンター像を求めて行くとアキ−ム・オラジュワンとなってしまう」と語る専門家が多く「アキ−ムはオフェンス面でもディフェンス面でも支配力を持っている。全く信じ難いプレイヤーであり、彼が最後に学ばなければならないことは、ゲームの中でいかに他のプレイヤーをヘルプするかだが、それも、彼自身が既に気付いており、完成の域に近づいているようだ」と語っている。
日本にシアトルとともに来日した92年には、2000得点、1000リバウンド、300ブロックを同時に記録するという夢のシーズンを過ごし、また93年は、過去最高の27.3点という平均得点をあげ、NBAチャンピオンの座をチームにプレゼントし、自らもレギュラーシーズンとファイナルのMVPに輝いたのである。
ゴール付近での目にも止まらぬスピンムーブと、運動神経の固まりのようなセンス溢れるプレイ。バスケットボールの才能には人種や国境はないのだろうということを感じさせてくれた初めてのプレイヤー。そんな意味でアキ−ム“ザ・ドリーム”オラジュワンは私にとって“アンフォーゲッタブル(忘れ得ぬ)・プレイヤー”となってしまったのである。