
アメリカに取材に行った折に買ったり、友人にお土産で頂戴したりした物がいつの間にやらたくさん集まってしまいました。
おもしろいしまた楽しい物ですが、あまり皆さんは見ることも無いと思いましたので、公開しちゃおうと思いつきました。
もし皆さんの中にも「素敵なタイなら僕も持ってるよ」という方がおられたら写真を送ってください。
掲載させてください。こんな文化もあるんですからね。
シカゴ・ブルズ、ファーストスリーピートタイ


ブラックに鮮やかなレッド、ギョロリと睨んでいるブル。ベージュにマディソン・アベニューのプレートとウォータータワーとボール。指でワン、ツー、スリーピートと今や懐かしいマイケル・ジョーダン・レストラン。最初のはどこでも買えたけれど、後の2本はシルバーバーグというMJのスーツやタキシードなどを創っていたファッション・メイカーのレアなもの。月バスで輸入して読者の皆さんにも提供した事を思い出します。シルバーバーグ社のMJのカレンダーはカッコよかった。マイケルのタキシードが実にキマッテいたし、12枚物だったけれど毎月の23日だけ金赤(印刷用語)でしたね。センスあふれるそフィスティケイトされたものでした。
スヌーピー・タイ

何時だったか、BSでNBAの解説をしていたときでした。対戦の相手チームは今となっては忘却の彼方になってしまっていますがパレスでのat DETROITだったように記憶しています。グラント・ヒルがいてヘッドコーチはダグ・コリンズだったのはしっかり覚えています。彼がこのタイを占めていたのが嬉しかったんですね。子どもたちからのプレゼントだったのでしょううか、青い方でした。「ボクも持ってるぞ! 赤いのも」って思わず心の中で叫んでしまったのを懐かしく思い出します。
スウィープ記念タイ
1995年にNBAファイナルの取材にいきました。HOUSTONが西の6位から進出、ORLANDがシャックとペニーの若き才能でいっきに東の頂点に登りつめた時でした。全7戦をしっかりと観るんだと息巻いてフロリダまで行ったのですがあっけなくオラジュワン、ドレクスラーに4-0でスウィープされてしまったのです。帰りの便は決まっていたし約10日余り思わぬ10歳から60歳以上のあらゆる種類のバスケを取材できたのです。その時にORLANDの街で求めたものです。シャックがリングを獲得するにはそれから5年待たねばならなかったのですが、痛い目にあわされたロバート・オーリーが獲らせてくれたくれたような気もします…。
ファッション・ディストリクト
ブラックをベースにブラウンの大きいのから小さいのまで、ボールがたくさん、たくさん。黒のダブルのブレザーを着るときに着用します。90年代の初頭にロサンジェルスのステイプルセンターからも歩いていける近場にあるファッション・ディストリクトで見つけました。見つけたというより、このタイがボクを呼んでいたという表現の方がピッタリかもしれません。このタイがコレクションの原点といっていいでしょう。以来、ブラブラとウインドウ・ショッピングをしていると向こうからボクを呼んでいるようにかんじはじめたのですから。
キャンバス・オールスター・タイ
このタイはコンバース・ジャパンという会社が健在でバンバンやってたころにいただきました。LJやKJが大活躍していた頃の事です。MJのシリーズなど(こういう言い方をするとお叱りを受けるかもしれませんが…)足元にも及ばぬ空前のベストセラー・スニーカーの絵柄ですから、なんてったって“お気に”の1本です。この色合いも合わせるのが難しいので、めったに作らないのですがモスグリーンをあつらえてしまったのを思い出します。1917年生まれのバッシューには敬意を払わねばいかんと感じたのです。
ゲームノート・タイ
グリーンのスーツのときに締めますが、ちょいと地味めで、シブさが気に入っています。ダークグリーンにブラックの柄、このタイはセントジョンズ大出身でクリッパーズ、ペイサーズ、ウルブズで活躍していたシャープなガードのマリーク・シーリーがデザインしています。ペイサーズに所属していたときシーリーがゲームノートを紛失したことがありました。ゲームノートというのはチームの戦略、戦術そしてあらゆるフォーメーションなどがすべて入っている物なので非常に大切なもので、大事件になったのです。結局見つかったものの彼はチームから罰金を取られたのです。でも、シーリーはタダでは済ませませんでした。ネクタイにして販売したのです、かなり売れたとマネージメントをしていた弟さんが言っておりました。見事なプロ根性といえますね。そんな想い出のタイです。
デンバー・タイ
このネクタイはデンバーのオーナーの方に頂いたものなのです。えんじと紺のバリエーションであり、ユニフォームを形どったモノで結構スーツを着るときには着用させてもらっています。色もセンスもよいので気に入っています。ちょうどプレイオフで西の1位で出たシアトルが8位のデンバーを破ったあとだったので、オーナーは大喜びでした。IT関連のオーナーのはしりでしたが彼は「バスケは人間がやっているので計算がたたないのがいい」と言っていたのが印象に残っています。そんなタイです。
ダニー・エインジ
黒地のシルク、バックにパープルでPHOENIX SUNSと入っており22の背番号のプレイヤーがプリントされています。
サンズのアメリカウエストアリーナのチームショップで買い求めました。
22はダニー・エインジの背番号。サンズが90年代前半に優勝を狙うのに必要な人材ということで、ボストンからプレイオフ経験の豊かなかれをトレードで獲ったのでした。
94,95年ごろ買ったので本来35ドル位だったのが10ドルを切っていた記憶があります。
エインジは現在、ボストンのGMを務めています。